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✧ 私の好きな人 ✧
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✦ 私の好きな人 ✦✦✦
イラスト/小説_宍戸竜二
年老いた猫の孤独な気持ちなんて、誰にもわかってほしくなんかない。
わたしを育ててくれた主人(あるじ)は、今はもういない。
主人とは、毎日同じベッドで寝て同じ景色を眺めた。
お腹が空けば「なー」と鳴き、その声を聞くと主人は小さな袋をカサカサと開けた。
気が立てば主人の手を噛み、寂しくなれば主人の膝の上で眠った。
20年も生きたんだもの、そりゃもう怒りに任せて噛む力なんて、わたしにはもうない。
第一もう噛む相手もいないんだから。
明るい昼はその重たい体を丸めて眠り、夜になれば、主人が帰ってくると信じ、窓辺で外を眺めながら待った。
朝になってため息をひとつつくと、またわたしは体を丸めて眠った。まさかわたしが一人で取り残されるなんて夢にも思っていなかった。
朝出かける主人は、夜はどんなに遅くとも必ず仕事を終わらせ部屋に戻り、扉を開けるとすぐにわたしを抱き上げた。
だからわたしは昼間に長く寝て、夜は主人の帰りを待ち、一緒に過ごしながらまた眠りに落ちる。
ときにはそれが朝方になるときもあった。
主人は毎日そこにいたから、わたしが鳴けばこの背中を優しく撫でたし、眠るときは必ずベッドの脇を空けたのだ。
それが当たり前だったし、それがわたしと主人の毎日だった。
だからわたしは今日も夜に起きて、また朝になったら眠るの。
わたしの尻尾は先が少し曲がっていた。
主人はいつも頭からわたしを撫ではじめ、最後はその角度を確かめるように尻尾に触れた。
ときにわたしが嫌がって主人の手を噛むと、主人は苦が苦がと笑ってわたしを抱きかかえ、謝るように何かを言うと、わたしの鼻に自分の鼻をつけた。
何度かつけたり離したりする。
わたしはそれがわりと好きだった。
今は誰がわたしの世話をしているのかというと、体がでかくて髭がもじゃもじゃの、主人の弟が面倒を見ていた。
その男は特に悪いわけじゃなかった。
時折わたしの背中を撫でるものの、抱きかかえたりなんかしない。
私はその距離感が気に入っていたし、その男もわたしには好意的だったと思う。
主人とこの男は、血は繋がっていはいるものの、何もかもが違っていた。趣味が違うのよ。
ただそれだけ。
歩き方から、箸の持ち方まで、ひとつも似ているものなんてなかった。
あなたたち本当に兄弟なの?
いつもそう思うわ。
わたし、あなたのことも何でも見ているのよ。
髭もじゃくん ――あ、それはわたしが付けたあだ名ね―― とは家族でもないし、友達でもない。
まあ、他人とはそれくらいの距離感があった方がわたしは好みだから。
わたしは主人に会いたいの。
わたしはいつだって主人に会いたいから、今日も窓辺でその姿を探す。
いるわけがないのはわたしだってさすがにわかってる。
そこまでバカじゃないわ。
でもそうすることが、一番主人の存在を感じられるから。
だから、それほど長くないわたしの先々を思うと、髭もじゃくんは最適だった。
わたしの思いを邪魔されず、いつか静かにいなくなれるその日を待つことができたから。
わたしは主人に会いたいの。
今日はなんだか足がよく動かなくて、夜はベッドで寝ながら外を眺めた。
遠くにはチカチカと明かりが見えていて、主人はよく「あれは街の明かりだよ」とわたしを抱きかかえながら言っていた。
明日はこの手が動かなくなるのかしら。
でもそれも悪くないわ。
体が動かなくなるほど、わたしが主人に会える日が近づくということなんだから。
主人と毎日毎日一緒に暮らした日々。
それがまたわたしの目の前に現れるのなら、この体なんて動かなくていい。
わたしの体なんて、冷たくなっていい。
最後はその辺に雑に埋めてくれてもかまわない。
もしかして主人もこんな気持ちだったのかしら。
今は誰と一緒にいるの?
明日はこの体が動かなくなりますように。
私はとても幸せだったから、
欲しいものなんても何もないの。た
だ早く主人に会いたいだけだから。
髭もじゃくん、またね。
きみもなかなかいいやつだったよ。
またいつか向こうで会えるといいね。
完
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