llustration & novel
✧ 水平線と空腹の意味 ✧
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✧ 水平線と空腹の意味 ✧
「水平線がとっても好きなの」
小学校に上がったばかりの娘が突然そんなことを言った。「とっても」という部分を、ママがいつも言うようなイントネーションに真似ているようだった。
「パパも水平線は好きだよ」
僕は風呂上がりに椅子に座ってバスタオルで髪を拭いていて、その揺れるタオルの隙間からそう答えた。
「パパには聞いてないのよ」
彼女は人差し指を自分の口元に立てながら言った。
「そうだね、パパには聞いてない」そう独り言のように言うと、またタオルで髪を拭いた。
僕の言葉に頷いた彼女は、不機嫌でも機嫌が良いわけでもなく、ただじっと僕の顔をまじまじと見ていた。それは僕の顔越しの向こうにある何かを見ているかのように。僕は彼女の視線を感じながら髪を拭き続けた。
「水平線の向こうには何があるか知ってる?」
寝間着を着おえた娘が、椅子に座る僕の膝の上に頬杖をつきながら言った。しばらく娘の目を見ていたら、これはさっきの続きで、今度は答えてほしいように聞こえたから、
「ん……、遠くにある大きな国、かな?」と言った。
「そんなわけがないでしょ? もう」
娘はそう言って僕の顔に自分の顔を近づけ本気で心配そうに見つめると、「はあ……」と言いながら視線を落とした。
「じゃあ、何があるの、かな?」と恐るおそる答えた。
「空腹よ。そんなの当たり前じゃない」
少しだけ間を置いてから娘はそう答えると、僕の膝の上に腕を重ね、伏せるように横顔を乗せた。僕は娘が言っている意味が全く分からず、思わず首を傾げた。
「それはずっと前から決まっているのよ。水平線の向こうには空腹があるって」
娘は姿勢を変えずにそう言った。
「わかった、水平線の向こうには空腹がある。それは間違いない。しっかりと覚えておくよ」
「そうよ、きっとパパの役に立つと思うの。ほんとうよ」
顔を上げ、自信を乗せた表情でそう言うと、勢いよく立ち上がり、キッチンのママのところへ行った。
二人は同じような背中をこちらに見せながら、楽しそうに洗い物を始めた。
僕はソファーに横になって足を延ばし、二人の会話に耳を立てていると、次第に静かな睡魔が訪れた。
完
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