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llustration & novel
✧ バスを待ちながら ✧

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llustration & novel
✧ バスを待ちながら ✧

「ねえおじさん、おじさんは、なんの仕事をしているの?」

 おじさんは、前に大きなバッグを乗せた赤い自転車に乗り、いつも町中を走っていた。

「おじさんは、手紙をみんなに届ける仕事をしているんだ」

 そう言うとおじさんは、ポケットからハンカチを出して、額の汗をぬぐった。

 海が見えるこのバス停が好きだった。このバス停が好きだから、僕は一つ離れたこの場所まで来てバスを待った。僕は入院している母に会うために時折バスに乗った。

 僕がこの街に越してきて、初めてバスを待っていたその日、外は雨が強く降っていた。一つバス停を間違えた僕は、「失敗したな」って言いながら、この大きな屋根のあるバス停にたどり着いた。そこには制服を着たおじさんが自転車と一緒に雨宿りをしていて、通りの向こうに広がる海を眺めていた。真っ赤な自転車が珍しくてジロジロ覗いていると、「かっこいいだろう?」と話しかけてくれたんだ。おじさんはすらっと背が高く、何もしていなくても笑が溢れそうな表情をしていた。話しているうちに雨は小降りになっていき「じゃあ」と言うとおじさんは自転車で走り去った。それからも僕がこの海の見えるバスで待っていると、通りかかったおじさんは必ず自転車を止めた。

「手紙? 手紙を運んでいるの?」

「そう。君も誰かに手紙を書くだろう?」

「うん、おとといも入院しているお母さんに手紙を書いたんだ。海で拾った綺麗なまあるいガラスと一緒にさ」

「へえ、海で拾えるの? おじさんも今度行ってみる」

「ならこれあげるよ」

 そう言って僕はポケットから、同じように海で拾った濃いグリーンのガラスを取り出すと、おじさんに渡した。

「え? いいの?」

「いいんだ、海にはいーっぱい落ちてるから」

「ありがとう」とおじさんは言うと、財布を取り出して子銭を入れるポケットにそのガラスをしまった。

「病院って駅の近くの?」

「そう、僕のお母さんはそこで入院してるんだ」

「そっか、じゃあその手紙はおじさんが病院に届けたよ。たくさん手紙を届けるからね。その中の一つは君のお母さんへの手紙だったんだね」

「本当に?!」

 そう答えると、僕はなんだかお母さんがすぐにでも退院できるような気がしてきて、体が軽くなったように思えた。

「君はこれからどこへ行くの? 病院?」

「うん、今日は学校が休みだから、病院でお母さんに会ったあと、駅の裏の山を登ろうと思って」

「あの頂上に公園のあるところ?」

「そうだよ。そこのブランコのところまで行って、遠くの海とか山とかを見るのが僕は好きなんだ」

「おじさんもいつも、その山をこの自転車で越えて手紙を運んでいるよ」

「え? 自転車を漕いであの山を越えるの?!」

「あはは、まさか。さすがに漕いでは登れないから、大抵は押して歩いているけどね」

「びっくりした、そうだよね? おじさんロボットなのかと思っちゃった」

 僕がそう言うと、おじさんは「ガチャンガチャン」と言いながら、サービス精神旺盛にロボットの真似をした。その動きは本物のロボットのような動きで、小さな石を拾うとギギギと言いながら遠くへ投げ飛ばし、敬礼をした。

「すごい! じゃあおじさんも僕の仲間だね。支度はできてる? 小さい山だからって油断しちゃダメだよ」

「もちろん、いつでも出発できる」

 おじさんは自転車の前のバッグをポンポンと叩きながら、ロボットの口調で言った。

「じゃあ3つ目の分かれ道の切り株のところに、手紙を入れておくね」

 僕はポケットから小さなメモ紙を出して、おじさんの胸のポケットに挿してあったペンで大きな星を書いた。

「わかった。その手紙を見つけたらどうすればいい?」

 おじさんは真剣な眼差しで、いつも通りの口調で言った。

「おじさんにあげる。勇気の出る星だよ」

 おじさんの胸のポケットにペンを返したところで、ちょうどバスが到着した。僕がバスに乗っておじさんを見ると、笑顔で手を振っていた。僕も動き出すバスの中から手を振り返した。

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