小説「チェリーブロッサム」第30話

2018年2月18日| 小説「チェリーブロッサム」, 記事一覧

* チャパティボーイズ

デリーでの滞在があと僅かになったとき、バラナシまでの長距離列車のチケットを入手するために、クマールさんを頼らずにデリー駅に行くことにした。せっかくの旅「ここは一丁」と思い1人で果敢にチケット獲得へと立ち向かうことにした。

午前中とはいえ、昼も近い頃の猛烈な熱波で僕の体中が汗ばんでいた。駅までの道を、ガイドブック片手にあっちだこっちだと迷い、汗だくになりながらもそれほど間違えることも無くたどり着いた。
1人で歩く街はまた新鮮で、クマールさんがいないことで、ダイレクトに街の感触を確かめられた。良い発見だった。しかし真っ白Tシャツのアジア人の僕は、じろじろと沢山の人に見られているのも感じた。存在感のある「白」を放ちながらとある路地に入った。入った瞬間にどこからとも無くとわらわらと小さい子供達が現れた。子供達は僕に群がった途端、
「カネ クレー」
だって。何とも逞しい直球な子供達。僕はそのど真ん中の豪速球な言葉に「くすっ」と笑ってしまった。
このように服も汚いし靴も履いていない、おそらくは貧困と思われる子供達。この外見は汚く見える子供達の眩しいほどの輝いた笑顔、黒い肌に奇麗な白い歯、くりっと大きな瞳、この子達は貧乏かもしれないけれど、心はきっと幸せなのだろう。僕は子供達が可愛くて、話しながらデリー駅に通ずるのこの路地を歩いた。
「ナア カネ クレ ヨ、ハラ ヘッタンダヨ チャパティ クワセロ、ナン ハ タカクテ クエネエ、オレ タチ ヤスイ チャパティ シカ クエネンダヨ、ナア」
僕は笑いながら
「ノー、ノーッ」
と言いながら前を見て歩いた。歩きながらも振り向くたびに増える子供。さすがに身の危険を感じ、走るおれ、追いかけるチャパティボーイ! 最後は気がつくと僕は普通の速さで走っていた。走りながら「埒があかねえ」と思い、財布から小銭をてきとうに取り出して、振り向きもしないで子供達に放り投げた。おそらく5ルピーくらいだろうか。日本円で10円ほどか。やっとチャパティが一枚食べれるかどうかの金額だ。
しかし子供達は金額よりも貰えたことが嬉しかったらしく、しばらくしてから振り向くと、子供達は夢中でお金を拾っていた。拾えない子供はずっと僕に手を振っている。しかしこうしてお金をあげてしまうから、次ぎに来る日本人はさらに激しい子供達の猛チャージを受けることになるのだろう。しかしやっぱり子供には勝てん、子供達の結束がこの収入を得たのだ。
彼らは良い仕事をした。僕は良くないことだとは思いつつも、あの子達と良い仕事が出来たことでプラマイゼロだ! とまた後ろを振り返ると、何やら子供に交じって大人が一人、誰よりも大きく手を振っていた。「やられた!」、大人が手を引いていたなんて。
インド人、噂通り油断も隙もないな。しかし、喜んでもらえたならもうそれ以上深く考えるのはやめよう、と前を向いて路地の角を曲がった。

ニューデリー駅が見えてくると、遠くからでも人が蟻の巣を出入りするかのように入り乱れていた。それは蟻どころではない騒ぎだった。毎日こんな調子なのか? と訝しがりながら、ここだろうという窓口の大行列の最後尾に付いた。
ガイドブックには駅ではスリが横行してるので注意、とあった。僕はその一文を思い出し、左右をキョロキョロ見渡すと、肩からかけた小さいバッグを胸の前に持ち両手で抱えた。すると僕は視界が明るくなっていることに気がついた。手にはしっかりとバラナシまでのチケットが握りしめられていた。僕はチケットを持って駅の外に出ていたのだ。
ガイドブック片手になんとか一人で電車のチケットが取れた。奇跡だった。並んだ後に、どんな手順で何をしゃべってどう入手したのか? 僕はこの最果ての地で何かの病気にでもなってしまったかと思い、数分立ち止まり真剣に脳内をスキャンした。しかし無事にチケットが取れたのでいいではないか、しかもきちんと望み通りのエアコン車だ。僕はこの奇跡に口づけをし、表情を緩め足を出そうとした途端、目の前をオートリキシャーが猛然と通り過ぎた。僕は両手を振り上げ、体がちぎれそうなほどよじり、後方に転んだ。
「ふーふー」、あと一歩で大通りを走るリキシャーに轢かれるところだった。僕は棒立ちになりながら佇んで、間一髪で助かったこの奇跡に胸を撫で下ろした。お金や物を取られないか警戒していたが、怪我はもっと警戒しなければと気を引き締めた。

つづく

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