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小説「チェリーブロッサム」第42話

2018年5月10日| 小説「チェリーブロッサム」, 記事一覧

* 小さい橋

僕を乗せたタクシーは、どこまでもまっすぐな道が続くハイウエイを走っていた。エロ兄ちゃんも運転に集中しているようで、僕も窓の外を眺めることに集中した。過ぎ去る田園風景を見ていると、ふと僕に旅行前の知識をあれやこれや詰め込んでくれた識者達のことが思い出された。
「おまえ観光地ばかりがこの予定表に書いてあんけど、ぜってーこれ疲れんぜ。観光地なんか行った日にゃ、えげつねえ客引きがわんさといてよ、日本人のお前なんか絶好のカモだ。良い出汁がでるカモネギ南蛮だ! つるっと喉越しよくいかれちまうぞ! こんちくしょうめ!」と識者の飛ばした熱い唾を、僕は静かに顔面に受け続けた。
識者は続けた「いいか、観光地も面白いがとにかく客引きインド人がうぜえ。それはまあ、今話した通りだ。誰も彼もがおれの財布を狙ってる。って被害妄想で狂っちまうのは確かだ。けど狂いそうになったらな、どこでも良い。ふつーの人がいる村にでも行け! 普通のインド人の優しは半端じゃねーぞ、心の底から癒されるぞ、ほんっとうに優しいから、からー、ゔぁー」そういってその識者は泣き崩れた。彼の頭の中には、まさに旅の鮮烈な記憶がメリー、ゴー、ラウンドしていたのだろう。
僕は少し疲れていたと思う。インド人は確かにうざい。真っ白いTシャツを着た僕が悪いのかもしれないが、とにかく目立った。喧噪を歩けば3分おきに誰かが何か言いながら近寄ってくる。断ることにも慣れてはきたけれど、それはなかなか骨の折れることだった。
そうだ、寄ってもらおう! タクシーは僕が雇っている。会社だったら僕が社長だ。社員は社長に従え。どこから降ってきたのか、乱暴で横暴な閃きで、僕はそのアイデアを実行することにした。
僕は小さい村「village」に行きたい。とかなんとか身振り手振りも交えて言った記憶がある。否、僕は確かに小さい村に行きたいと伝えたのだ。兄ちゃんは親指を勇ましくサムズアップし、よしわかった! と言わんばかりにうなずいた。僕はわくわくした。どんなふれあいが待っているのか。どんな癒しが待っているのか。日程はまだ少しは余裕もある。滞在してもいいだろう。日帰りでもいいから行きたい。あんな住居か? こんなカレーか? 僕はまっすぐにつづくアグラへのハイウエイから見える景色をぼーっと眺め、頭の中で僕だけの「小さな村」を堪能していた。やさしくて普通のインド人との触れ合い。どんな出会いが待っているのだろう。考えただけで力が湧いて来るのを感じ、小さく「イエイッ!」と叫んだ。
しかし村にはなかなか着かなかった。もうかなり走っているはずだけど……。僕は不安になってきてエロ兄ちゃんに聞いてみた。
「モウ スグダ」
とエロ兄ちゃんは言った。
「そうね、インドは広い。ちょっとの隣村が車で数時間なんて当たり前だ」
僕はまた想像を続けた。さらに車を1時間ほど走った所でエロ兄ちゃんは沿道に車を止めた。
「ツイタ ゾ」
「は? へ? どこ? 村はどこ? ねえ村は? ねえ!」
僕は猛烈な不安に襲われて慌てた。
「コレ ダ」
兄ちゃんが自信たっぷりに指をさしたのは、10mほどの大きさの、それはそれは小さい微妙な橋だった。
「???」
状況が読めなかった。なんだ? 村があるのか? ここに? え? あ? ゔぁ? 詰め寄った。
「ホラ チイサイ ハシ ダ」
僕は思わず奇怪な音をたてて、腰から思いっきりよじり転んだ。ずっこけたのだった。体全身をつかってこのオチにずっこけたのだ。兄ちゃんが連れてきてくれたのは、
「village!」
ではなく、
「bridge!」
だったのだ……。愕然とした。
僕の発音が悪すぎて「village」を「bridge」と兄ちゃんは聞き間違えたのだ。だからって……。「タコ」たべたいなー。と言って「凧」用意するあんぽんたんはいないだろ。村だ、村っ、村に行けと言ったのに……。橋なんて……。小さい橋……。
僕は食い下がった。まだこの先にもあるだろ? ちいさいむら、「むーら」がさあ? あぁ? としゃがんだ姿勢からできる限りの本気の表情で、アッパーカットの軌道を正確にトレースしながら兄ちゃんの顔を覗き込みながら伝えた。
兄ちゃんは平坦に
「モウスグ アグラ ダ」
と、とどめを刺した。そして戻れば村はあるが、かなりの距離だという。僕は膝をつき、目頭を抑えながら、仕方ないとあきらめた……。まぁこれも旅、これも思い出、そしてこれが旅……か。

つづく

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