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小説「チェリーブロッサム」第48話

2018年7月5日| 小説「チェリーブロッサム」, 記事一覧

* 宴と涙

タモさんに救われてすっかり笑顔になった僕が、にこにこと宿のフロントの前を通ると、店番の兄ちゃんが声をかけてきた。
「オイ、キョウ シタ デ ケッコンシキ アルゾ」
僕はきょとんとそれを聞いた。
「へー、結婚式?」
僕は人ごとな返事をした
「ソウダ。オマエ ナニ カ オモイデ ニ ノコル モノ トリタイ ト イッテタ ダロ」
「え? あ、う、うん」
「イケヨ」
「え、何それ? そんな勝手に行けるわけないよ」
相変わらずインド人は適当だった。
「ノープロブレムダッ!」
「え、だからそんな、人様の結婚式に勝手に入るなんてだめだって」
僕はまじめに答えた。
「カンケーネーヨ ソンナノ、ハイッチャエバ ワカンネーヨ」
「いやわかるってっ!」
僕は手のひらの甲で兄ちゃんの胸元にツッコミのポーズをしながら言った。しかし呆れた話だ。僕がもしインド人だったなら、結婚式のような身なりで行けば入れないことも無いだろう。しかし僕はバリバリにうっすい顔をした日本人だ。多少日に焼けたとは言え、遠くからでも分かるようなうっすい日本顔だ。しかも僕は真っ白なTシャツしか持っていなかった。
「それにそんな服もないし、靴もサンダルしかないよ」
と僕は断らなきゃと、行かれない理由を並べた。
「カエヨ シャツ クライ カエンダロ。ソレ トモ カソウカ? クツモ?」
「そういう問題じゃないから」
そんな押し問答をしていると、1人のインド人が後ろを通り、フロントの兄ちゃんに声をかけた。
「オイ シン コノ アト ノ シキ クル ダロ?」
フロントの兄ちゃんはシンさんという名前だった。
「オレ ハ イカネーヨ、シゴト ダヨ、アソンデル ヒマ ネーヨ」
とフロントの兄ちゃんのシンさんは、そのインド人に言った。
「イイダロ スコシ クライ」
「……ア!、ジャ コノ ニホンジン イカセル ヨ!」
「オウケイ!」
「ちょ、ちょっと、オウケイじゃないからっ」
僕は二人をキョロキョロと見渡し、おろおろした。
「コイヨ、オマエ コイヨ」
通りかかったインド人が、簡単そうに言った。
「え? い、いいの? おれえ⁈」
と僕は自分を指差しながらきょとんとした。
「ノープロブレムッ!」
フロントの兄ちゃんとインド人は声を合わせて無責任にそう言った。
「フツウ ノ ヒト シカ コネーヨ アンシン シロ! ノープロブレムダ!」
シンさんは自信たっぷりに、ウインクまじりの笑顔でそう言った。シンさんは観光に関わるこの宿の仕事をしていて「外国人観光客が、このアグラの地で散々騙されているという話を嫌というほど聞くんだ」そう言っていた。僕も以前ネットで調べたら、このアグラの地の悪名の高さにはびっくりした。シンさんはきっと、僕が騙されないか心配になっていると思って「普通の人」と言って安心させてくれたのだろう。その普通のインド人たちに会いに行きそびれた、あの「小さな橋」事件での心残りを思いだしていた。そうだ、これであのもやもやとした思い残しも解消できるかもしれない。僕の気持ちは前向きになっていった。
「行ってみるっ!」
僕は笑顔でシンさんにそう言った。そしてカメラを持ってきたことがこんな出来事を運んでくれるなんて、カメラを持ってきてよかった。と僕は胸元にぶら下がったニコンをまじまじと見た。
インド人得意のノープロブレムで、僕は思いも寄らず、この世の中でもっともハートウオーミングな場といえるだろう結婚式、しかもごく普通のインド人の結婚式へと行けることとになった。僕はだんだんインド人の強引さと適当さに適応できているようになってきたようだ。それはインドでの旅、というものを「自由」にさせてくれるものだった。自由とは楽しいものだった。
インド最終地のこのアグラで、思いも寄らずハッピーな気持ちになれそうな予感にうきうきとしていが、そんな所に行ってしまってどうなってしまうのかという果てしない緊張感もあった。日本だったらこんなシチュエーション││というかこんな適当な参列なんてあり得ないが││があったとしても僕は絶対に参加などできなかっただろう。僕が図太くなれてるのは、僕が旅で変わったからか、それともインドというお国柄のせいなのか。それはよくわからなかったが、とにかくこれは楽しそうだ、と思える自分がいた。
僕は部屋に戻って、ニコンのバッテリーを充電した。そして3枚目の新しい8Gのフラッシュカードメモリーをカメラにセットした。メモリー一杯に撮りまくってやるぜ。と息巻きながら。jpeg画質の写真1枚が4Mだから、2000枚近く撮れる計算だ。僕は汗臭くなった真っ白いTシャツを脱ぎ、指でくるくると回しながら放り投げた。そして新しい真っ白なTシャツを頭からか被り腕を通した。僕はがしっと立ち上がり、「よしっ!」と息巻いた。
しかし僕は、部屋を出る時に足下に転がっていた「もにゃっ」という感触の「心配」を踏みつけた。確かにあのインド人は来いと言っていたが、そんなに適当なのか? 本当にノープロブレムなのか? 結婚式だぞ? おい。いくら適当が持ち味のインド人だったとしても、結婚式は人生でもっとも大事なことの一つのはず。手当たり次第「来ちゃいなよ」なんて普通言わないだろ? それに結婚式というものは、来てほしい人を招待して、来たい人が来るものだ。それに、もしまた観光地のようなうざったい人の集まりだったとしたらどうしよう……。という心配も過った。この宿でまさかそんなことは無さそうに思えたが、まあ駄目と言われたら帰れば良いし、うざったければ帰れば良い。なんかあれば帰っちゃえば良い! 写真は何となく外から雰囲気だけでも撮れたら良いさ! そう思えた途端、気持ちも軽くなってきて、僕は再びうきうきとした。
「人生はノープロブレムだ!」
と僕はニヤニヤとしながら小さな声で言った。

つづく

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