小説「チェリーブロッサム」第40話

* マハラジャ作戦

朱里とバラナシで別れてから2週間ほど経ち、僕はムンバイにいた。エレファンタ石窟群のシヴァのレリーフが見てみたくなり、少し長めに滞在した。旅も終盤を迎えようとしていた。僕の肌は真っ黒に焼けて、髭をそることももうしてはいなかった。しかし相変わらず僕のTシャツは真っ白だった。
旅の疲れか、その日は昼ご飯も食べに行く気も起こらず、ドミトリーのハンモックでぶらぶらとバナナを齧りながら揺れていた。そしてなんとなく今までの旅を振り返った。
デリーではクマールさんに、バラナシではオムさんに出会いガイドをしてもらった。バラナシでは予定外の豪華ホテルに滞在し、素晴らしい夜明けを見て、そして朱里がホテルに現れた。僕はそこまで思考を巡らせると、頭の中のターンテーブルに、「朱里身勝手」という名前のレコードを置き、そっと針を降ろした。

朱里とバラナシのホテルで一晩を過ごしたあとも、僕は朱里の肌の感触を何度も思い出し、そして身勝手さも何度も思い返しては心をきりきりとさせていた。インドまで旅に来たのに、結局朱里に気持ちを振り回されっ放しで嫌気がした。朱里を見ても、僕のことを好きでいるなんて到底思えなかった。朱里のやり方では僕は満たされることはない。そう思うとむしゃくしゃとした。ゆり子にいたっては……、そこで僕は頭の中のターンテーブルの「朱里身勝手」というレコードを外し「ゆり子献身」という名のレコードに変え、再び静かに針を降ろした。……ゆり子にいたっては、こんな僕に戻って来ても良いとまで言ってくれる。間接的とは言え、好きだとさえ言ってくれている。僕はゆり子の元に戻れば幸せになることは確実だった。そして戻りたい、という気持ちにも出会えた。しかし朱里がホテルに現れた途端、僕の気持ちは全てが一瞬で朱里になった。朱里の吸引力はまだまだ強大だった。それは僕にはもうどうしようもできなかった。
僕は二人の女性の狭間で勝手に揺れる自分が嫌でたまらなくなり、自棄気味に携帯電話の電源を落としてバッグの底に仕舞い込んだ。そうして一切のコンタクトを断ち、自分を旅に没頭させればさせるほどストイックになっていった。……僕はほんとうに勝手だ。勝手にゆり子を捨てて、勝手に朱里にのめりこんで勝手に苦しんでいる。僕はそんな想いを無理矢理シャットダウンさせた。そして本来の目的である「旅」にのめり込むことで、その想いを払拭しようとした。僕は急激に貧乏旅行へとシフトしていった。僕は貧乏旅行の知識も豊富にリサーチしていて、何をすれば良いか迷うことはなかった。そしてそれは正解だった。初めての土地の連続に、治安だったり、健康だったり、身の危険を感じられるようなシチュエーションに身を置き続けた。すると、我ながら見事にゆり子と朱里のことは思い出さなくなった。
宿も一泊数百円という、格安で大部屋のドミトリー一択にし、ガイドも雇わずに1人で旅を続けた。食事も格安なものでまかなった。僕がメインに食べてきたカレーは、屋台のような店の安い豆のカレーだった。豆のカレーと言っても、豆は数えられるほどしか入っておらず、かといって溶け込んでいるようにも見えない、奇麗なターメリックの黄色をしたシャバシャバのスープのようなカレーだった。食べてみると、見た目通りの塩辛いだけの黄色いシャバシャバのスープだった。ほとんど塩味だった。ほぼそれと同じようなカレーがどの地にも必ずあって、食事に困ることはなかった。しかしそんな料理を食べながら旅を続けると、熱さや疲れにも強くなった。きっとインド庶民が食べるスパイスの配合には、そんな効能があるのだろう。インド人はみんな働き者で、猛烈な熱さの中でもエネルギッシュだった。それはそんな食事のおかげなのかもしれない。

ブッダガヤではブッダが悟りを開いた地を巡り、コルカタへ行き、またインド繁華街の喧噪を肌で感じた。そのあとはジャイプールに滞在し、アンベール城や風の宮殿などを散策した。旅も終盤が見えてきた今、インドの喧噪も当たり前に感じるほどに慣れてきて、しぶとさや豪快さも身につけた。リキシャーや宿では前のめりでしつこく値切り、観光地の客引きにも一括入れて無視をしたり、僕の奥底に眠る剛胆さの発見はとても新鮮な感覚だった。僕はやればできた。
最初は1人でコツコツと移動も楽しかったが、インドの旅も終盤を迎えると、移動の大変さもあり、疲れも溜まってきた。そろそろ最終目的地のアグラへの移動を、どうしようかとぼんやり考えていた。デリーでクマールさんが、日本から来た観光客はよく、ガイドもできるタクシーを何日も雇って旅行をしていますよ。と言っていたことを思いだした。そこで閃く。そうだ! クマールさんが言うようなタクシーを手配しよう! ここから残り全てを豪勢に駆け巡るぜ! ご飯だって豪勢にいってやる! 僕は自由な旅に来ているんだ! 「旅人シップに乗っ取って、プラン変更なんて、ノープランしますっ!」 僕は意味のわからない選手宣誓を、寝転がってたドミトリーのハンモックから落ちるように飛び降りて大きく右手を上げて叫んだ。隣で寝ていたアメリカ人が、意味も分からず一緒になって「Yippee!」と叫んでいた。僕は、「もう何でもきやがれ! ぴゃー」と、全くなんのことだかわからない奇声をあげた。
我ながらナイスな閃きだった。僕は疲れも吹き飛び、また旅への熱い想いが蘇り、わくわくしてきた。朱里と食べて以来、やっぱり値の張るターリーを僕は遠慮してきた。そうだ、まずは「ターリーを喰らうぜ 高山みなみ」という文字を頭の中で大胆に書き初めし、教室の掲示板に貼り出した。

僕はまたガイドさんを雇うことにした、それもタクシー付きのガイドさんだ。行きたい所へ行って、見たい所をガイドしてもらう。持ってきたありったけの金を使ってやろうと開き直った。
思い立つとすぐにデリーのクマールさんに連絡をして、ガイドさんの手配をお願いした。聞くと、知り合いのアグラ在住のガイドが、ちょうどムンバイに仕事で来ていると言った。これは何かの縁だ、と思い即答でお願いした。「あなたとてもついてるねえ」とクマールさんは言った。もし遠くからムンバイまで呼び寄せたのだったら、その分の費用もちろん僕持ちだった。手配するためにクマールさんの費用を払おうと思ったが、クマールさんは「もう沢山貰ったから、いらない」といとも簡単に手のうちをバラし、受け取ってはくれなかった。やっぱりデリーでのガイド料は高めだったのだ。「むむ、やるなクマールおじさん! けど正直な人だな。言わなきゃその分も貰えたのに」と僕は親指と曲げた人差し指で、自分のあごを軽くつまみながら言った。しかしそれはクマールさんの優しさでもあることも十分に理解できた。僕は重々礼を言って電話を切った。
そしてこのお金ちょっとはあるぞ作戦、コードネーム「マハラジャ」は大成功だった。なぜかと言うと「楽しかった」からだった。単純に楽しかった。僕はなぜ自分で決めて自分のお金で来た旅で楽しむことをしなかったのか。いくら朱里とゆり子のことを忘れたいからって、苦労して準備したこの旅をこなすだけの旅にしようとしていた。この旅を台無しにするところだった。いつの間にか自分が楽しむということを悪者とし、排除しなければと決めつけていた。自分の胸の中にあるものを全面的に認めてあげよう。僕は旅を楽しみたかった。そうだ僕は旅を楽しみに来たんだ、単純で良い! これほど単純ですばらしい欲求はないはずだ! 胸の中はからとても強いエネルギーを感じた。すると何かが僕と繋がるような気配を感じた。何かは分からなかったが、きっとこの先良いことがありそうだ。それだけは確かなようだった。

つづく

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