小説「チェリーブロッサム」第36話

「『あなたは今体のどこかで何か感じることはありますか? 何か感覚を感じますか?』ってただそれだけよ、何度も何度も、毎日毎日そう聞いてくれたの。最初は頭の中をぐるぐると思考が巡って何も感じなかったけど、毎日そう聞いてもらっていたら、ある日胸のみぞおち辺りに「動き」のようなものがあることに気がついたの。おかげでわたしはいつでも自分の体に何が起きてるか気にするようになったの。
今までは、他人がわたしに何をするのかということにしか意識していなかった。つまりね、他人に向けていたフォーカスを自分に向ける。たったそれだけなの。
そして自分にフォーカスを向けると何が起きるかというと、それはね……、もう本当に素晴らしかったわ。わたし嬉しくてたまらなかったの。初めて生きている喜びを感じたような気がしたの。自分の体ってエネルギーの固まりなのよ。すごいのよ、そのエネルギー達は動いたり震動したり、色だって持ってるのよ、色んな色に変化したり、消えたり現れたり。わたしたちは誰しも細胞一つ一つに波動を持つエネルギー体なのよ。体中エネルギーと波動で満ちていて、自分の感情とばっちりリンクしてるの。ほら、音楽のアプリで音に合わせていろいろな模様に動くやつあるでしょ? あんな感じの、わかる?」
「うん、画面中あっちに動いたり、こっちに動いたり、リズムと連動して面白いよね」
「そう自分の感情と連動して、そのエネルギー達もリズムとして手に取るようにわかる『感覚』なのよね。それをただどんな様子か観察して認識してあげる、ただそれだけなの」
「それだけ?」
「そうよ」
ゆり子は小さく微笑みながらそう一言だけ答えると、また静かに目を瞑り何かを考えているようだった。きっと今教えてくれたように、自分の隅々を観察しているのだろう。そしてまた目をそっと開けて僕の目を見ながら話しを続けた。
「そしてそれこそが自分の中にある真の感情であって、自分自身の嘘偽りの無い、本音であって本心なの。真実なの。生きていると、色んな感情が湧くと思うけど、世間一般に言うのその『感情』というのは、実はとても表面的なもので、ほとんどが思考に支配されているものなの。本当の本心ってほとんどの人が気がつかないで、気にしないで、無視して生きているの。それって人間に例えたとしても、とても辛く酷いことよね……。無関心ってわたし暴力とそれほど変わらないと思うの。一生懸命訴えている者を見ることもしないなんて……。だから自分自身の感情がそこに居るということを、自分自身で認めて感じてあげる、気づいてあげるの。そこにあなたがいることを知ってるよ、とか、今どんな気分なの? とかね。そして一番大事なことは、その感覚達のことをジャッジしないということ。つまり自分の価値観で、その存在を良いとか悪いとかの判断して裁かない、ということなの。その感覚達に、何をしても良いよ、どこへ動いてもいいよ、消えても現れてもいいよ、ってただ自由にさせてあげるの。そうすると『そこにいる者』は気づいてもらえて嬉しいのね。自由を認められて嬉しいのね。『私は嬉しい』って言うことを自分自身に伝えてくれるわ、色だったり、エネルギーだったり。そして自分自身の本当の本心というものを必ず表現してくれるわ。それに気がつけた時、わたし本当に感動して、ずっと叔母の膝にうずくまって泣いていたわ。とてもとても長い時間泣いたの。それくらい無視されたその本当の自分自身は寂しく生きているの。今まで何かと繋がれないような苦しさはそれだったのよ。あんなに素晴らしいことを経験できて、知れて、わたしそれ以来段々と生きるのが楽になって、楽しくなったわ。そして癒されたの。癒すって他人にしてもらうことじゃないのよ、こうして自分で自分の気持ちを知って認めることが一番の自分への癒しなの。そして、自分が楽しいと自然に周りにも楽しいことって集まってくるの」
「素敵な経験だったね、自分の本当の本心か……。僕もそんな経験できるかな」
「もちろんできるわ。自分が何に対して楽しくて、何に対して悲しいか、そんなすべての自分の本心が分かってくると、なにかに必死にならなくったって、自然の流れにいるだけで、自分が自分を自分らしい場所に運んでくれるわ」
ゆり子はなにか言葉にならないような想いを含めるように、そう言った。
「それからわたしは少しずつ変わったわ。自分が誰なのか、自分が何者なのか、そして自分の本心は何なのかを知ったの。毎日そのことをとてもよく考えるようになったわ。本当の自分と繋がるって言葉にならないくらい素晴らしいの。わたしがわたしの真実の気持ちを知っていられたら、何も怖くなくなったの。
他人を変えることはとても難しいと思うの。でも自分は、自分自身は変われるわ。自分が変わることで自分が幸せになれるなら、それはいつだって自分で自分の幸せを手に入れられるということなの。他人がこうしてくれたら幸せ。という生き方はいつだって自分の幸せが相手次第になってしまう。相手が変わってくれなかったら幸せになれない。それってとても窮屈だと思わない? 自分自身に無責任だと思うの。そしてわたしたちが一番変われることって、自分が変われない部分を、変わらなくていい部分をただ知って認めてあげるってことなんじゃないかしら。もちろん誰だって変わったほうが良い部分って持ってると思うの、でも変わらなくても良い部分って、誰もが思うよりもとても沢山あるのよ。それを自分自身で駄目なことって決めつけて、変わらなきゃ、って自分の真実に耳も貸さずに無視をして、無理矢理自分を変えさせようとするときに人は苦しむんじゃないかしら。もし自分が他人にそんなことされたらとても苦しいわよね。それを沢山の人が自分自身でやってしまっているとしたら、それはとても辛くて悲しいことだと思うの。わたし自身が辛かったから」
僕はゆり子の話しを聞いてい、小さく泣いた。どうして涙が出て来たのかはわからなかった。僕はきっと自分の人生の未来に希望が見えたように思えたのだ。そして僕の中の大事な何かに触れたのを感じた。それはとても優しくて暖かくて、小さく震えていた。
「僕も変われるかな……」
「きみも変われるわ。きみの中にある本当の気持ちを知って、そのままで良い部分を認めてあげることができれば、それはそう遠くない未来のあなたに沢山の『閃き』と『幸せ』を見せてくれると思うわ。それこそがきみの人生であって、きみの『真実』だと思うの」
それから僕らはお互いが静かに黙り込んで、同じように外の景色の移り行く光を目で追った。
その帰りに僕はゆり子に「好きだ」と涙を浮かべながら言った。ゆり子は何も言わずに僕の手を握って、静かに泣いた。しばらくそうしたあと、ゆり子は泣きながらの笑顔で僕の顔を見て「わたしも好きよ」と言った。
僕は今、そのときゆり子に「好きだ」と言った時の気持ちを思い出していた。そしてその気持ちを思い出し、胸の中に感じるものへと意識を向けた。僕は大事なことに気がついたような気がした。ゆり子に会いたかった。

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