小説「チェリーブロッサム」第25話

* ニューデリー

クマールさんが車を下町へと走らせて、ニューデリーの少し外れまでやってきた。強い日差しの中、車はすいすいと細かい道を進み、まずは小さな店舗が軒を連ねる小さな通りへ車を止めた。まず僕を知り合いのお茶屋さんに連れて行ってくれた。そこではインドの名産の紅茶が沢山並んでいた。ご存知の方はいらっしゃるかと思いますが、インドでガイドを雇うということは、もれなくお土産屋さんも付いてくるということだった。もちろん断れるものだけど、クマールさんは旅行会社で頼んだ安心できるガイドさんだったので、僕は言いなりに連れ回されることにしていた。しかし信じていたと言っても、どこで豹変するか分からないのがインド人。とネットには散々書いてあり、僕の臆病も手伝い警戒だけはするようにしていた。

インドは紅茶葉の世界的な名産地、クマールさんはまずは茶葉などを売る小さな紅茶屋さんに連れてきてくれた。一番奥のテーブルに案内されて座り、窮屈だったが荷物のバックパックを手の届くすぐ横に置いた。すると
「狭いから、荷物こっちに置いていいですよ。」
とクマールさんはそう言って僕の荷物を持ち上げて、3テーブルくらい離れた入口付近に勝手に置いてしまった。日本だったらこれは完全な親切で「そうですか、ありがとうございます」で済む話しなのだが、ここは何と言ってもインド、識者達がこれでもかすぼめながら口を酸っぱくして言っていた、「荷物は肌身離さずに持て!」を思いだす。
僕の置かれた荷物の周りには、沢山のお客さんが行き交っており、すぐに僕の荷物は人の影で姿を見失いそうになった。僕はあせった、ヘッドバッグには鍵がしてあるが、何をされるかわかったものじゃない、僕は焦りクマールさんが移動した荷物を
「あ、ここ、こっちでいいです」
と荷物を戻した。クマールさんは「?」な顔をして
「そうですか」
と言った。ちょっと気まずくて少しそわそわしてしまったが、これがインドでの旅だ。そう言い聞かせて気を取り直し、小指を立てて優雅に冷静を装いティーを飲んだ。僕の持ったティーの水面は少し揺れていた。そしてお土産に「マサラチャイ」と書いてあったブレンドの茶葉をきょろきょろと見回してから購入した。パッケージを見てもなにがなんだかよくわからなかった。

次にクマールさんは待望のカレー屋に連れて行ってくれた。舗装もされていない裏路地をのんびりと車を走らせて、やはり小さな軒のカレー屋さんに到着した。(ここで一つ。日本でカレーというのは一つの料理を示す言葉だが、インドでは「カレー」と言う言葉はとても広い意味で使われている。基本的にはスパイスを使った料理全般をカレーと言って差し支えないだろう。僕はそのことは旅が終わってから知ったことだった。
ここでは便宜上カレー屋さんと呼ぶことにする)どんなカレーが食べれるのかわくわくしながら待つと、出てきたカレーは日本のインドレストランで食べるような濃厚でクリーミーでフカフカのナンが付いたカレーだった。
「うまい! あの機内食はなんなんだったんだ」僕は夢中でナンをカレーに付けてむしゃむしゃと食べた。カレーにはチキンが入っていて、日本で食べたような美味しさの味だったが、ナンは違った。いまこのテーブルで焼いたのか? と思うくらい軽くてふわふわで端はさくっとしていた。とんでもない美味しさだった。あまりの美味しさに思わず「おー」と唸った。
値段は日本より少し安いくらいの一食700円程度で、日本とほぼ同じくらいの値段で本場のカレーが食べられる。と日本の物価の感覚で興奮した。
日本と同程度の金額ということは、ここインドでは破格の高さということだった。興奮は時に失敗し不幸にもするが、この場合は幸せにした。僕は「本場のカレーは違う、ナンが違うねー」と1人で盛り上がった。クマールさんにも
「うまいっすねー」
とニコニコしながらうまいねアピールを忘れなかった。ここはきっと小さな店構えながらちょっとした高級店だったのだろう。
クマールさんはもちろん仕事で僕を案内しているので、高い店に連れて行きたい気持ちもあっただろうが、それよりせっかくインドを訪れたお客さんに、インドでも高級で日本人にもなじみのある味の店に連れて行ってくれたのだろう。簡単に言えば、ここは受けの良い店なのだ。
旅が進むほど安く食べられる伝統的なカレーに出会っていき、僕は気を失いそうになり、膝を地面に突き、崩れた。デリーでのあの店の値段はなんなんだったのかと。膝は猛烈な熱さで、火傷してしまいそうだった。

クマールさんは宿の前に車を止めて、
「アシタ ハ 、8ジ ニ ムカエニ キマース」
と言って笑顔で手を振りながら、相変わらずクラクションをけたたましく鳴らしまくって帰っていった。とはいえ他の車も鳴らしまくっている。けたたましい国だ。悠久の国インド。ではなく喧噪の国インド。うんぴったりだ。そんなことを考えながらホテルのロビーへと入って行った。

部屋に案内され見回した。旅行代理店でばっちり手配した安心の部屋。安くはなかったが艶かしいインド感が満載された雰囲気の部屋で、なかなかムードは良かった。僕はまずいやに古めかしいエアコンのスイッチを入れた。「ぶーん」と耳障りな音が響くと、古めかしいエアコンからは冴えない風が吐出された。しかしそれすらも旅のムードを演出し心地よかった。

初めての旅で疲れたり興奮しているのに、空港でいきなりあんな強烈な客引きに捕まったらどうなったことやら。考えるとガクガクとした。頼んだガイドさんとスムーズに合流できて、初日のインドを安心に楽しめたり、カレーがとんでもなくおしかったりと、クラクションの音がまだ耳の中に残ってはいるが、まずは完璧と言っていいほどの初日の出来だった。
ほっと一息で荷物を降ろしすとベッドに座り、これがインドなんだな。というような雰囲気を醸し出す壁紙を見ながら明日の光景を思い浮かべた。

バッグから携帯電話を取り出して朱里の登録ページを開いた。僕はこの旅でも朱里と沢山話しがしたい、と準備をしてきた。海外でも充電できるように変圧器も持って来たし、いくらでも通話できるようにとても高い通話料金定額国際電話旅行パックという舌でも噛みそうなプランも契約した。その為に機種端末も変更したし、それは思ったよりお金もかかった。しかし朱里と話しが出来ない旅なんて魂が抜ける。そんな腑抜けた理由で無理して準備してきたものだった。しかし今インドに着いてこの携帯電話を改めて見ると、僕はなんのためにここまで旅に来たのか。いっそ電源を落として日本にでも送り返してやろうかとも考えたが、それもまたできなかった。

僕の精神は頼りなくまだまだ子供だった。自分を試すような一世一代の旅ですら、万全の準備で電話を用意してしまう。それは恋人への依存だった。そして朱里はそんな僕の気持ちなど知っても知らなくても自分からはかけてくるようなことはないだろう。それもわかっていて自分の行動に嫌気も刺した。そう思うと朱里に電話をかける勇気はなかった。
旅行の道程は細かく朱里には連絡してはいたけれど、予想通りまだメールも着信も届いてはいなかった。
携帯電話のアドレス帳を開き、画面を指で触りながらページを送った。「せ」のページまで送り、芹澤ゆり子と表示されている箇所で指を止めた。ゆり子のナンバーをしばらく見つめた。一度画面が消えて、もう一度スイッチを押して画面を表示させた。まだ画面は芹澤ゆり子のナンバーを表示している。名前の下に配置された受話器のボタンのアイコンをしばらく見つめて躊躇ったが、思い切って指で触った。
いつもとは違う聞いたことが無い「ツー」という音の後に、聞き慣れたコール音が3度鳴ったあとゆり子が電話に出た。インドに着いて初めての国際電話はゆり子へだった。

つづく

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