小説「チェリーブロッサム」第9話

ゆり子とのつき合いもちょうど1年になろうとしていた。ゆり子に心を震わせ夢のように交際が始まった。僕は仕事以外の余った時間は、ゆり子の時間が許す限り、すべての時間を一緒にいたと言ってもいい。それほどゆり子に傾いて行った。こんな素敵な人が僕の恋人。僕にこんな夢のような出来事など起こるはずがない。そう信じていた。桜の花も咲き踊る、大人同士の本格的な甘い恋愛だったはずなのに、現実は地盤を大きく傾けさせた。僕は必死にその傾斜に耐えようとしていたが、耐えようとすればするほど、歪んだ僕の人格をゆり子に見せつけた。近づけば近づくほどお互いが苦しんだ。僕はゆり子との付き合いに疑問を持つようになっていた。ゆり子が相手だから僕は苦しいんだ、そんなことを考えるようになっていた。

僕はスピードを緩めることなく、ますますゆり子に依存していった。僕の思うように関心を向けてほしい、僕の思うように接してほしい。そんなわがままという名の依存が僕を苦しめゆり子を締め付けた。それでもゆり子は辛さなどは微塵も見せず、いつも笑って僕に合わせてくれて、そしてどんな時も僕の味方だった。
僕の興味のある物を心から楽しみ、僕が興味のある人と心から楽しんでくれた。そしてゆり子が興味のあることを、優しく丁寧に伝えてくれた。
僕の合わせて欲しいことに合わせてもらえると僕は途端に機嫌を良くし、「好きだよー」などと軽く言い、しかし思い通りに合わせてもらえないと、途端に不機嫌になった。そうして僕は自分の心の地盤をどんどんと傾けさせて、立っていることができないほどになっていった。僕はそんなねじれた心に気がつくこともできず、自分が悪いなんて少しも疑わなかった。自分の胸の中にある気持ちに気がつくこともできずに、頭の中をめぐる想いだけに囚われていた。相手が僕の言う通りに合わせてくれないから、僕はこんなに苦しいんだ。なんでゆり子はいつもそうなんだ、どうしてゆり子はいつもこうなんだ。僕の心のひずみは、どんな素晴らしい恋人との風景もねじ曲げた。自分が被害者としか思えずにゆり子を責め続け、自分を苦しめた。
しかし分かっていたのだ。この苦しさの原因は幾重にも重い蓋をかぶせ、僕の胸の中の小さい自分の「声」が聞こえないからだ。その小さな声が聞こえないということは、コンパスなしで荒れ狂う大海原を航海し、行き先を見失う難破船と同じだった。
この苦しみは、1人でいる時や、社会の人波で感じる苦しさとはまるで別物の苦しみだった。それはあらゆる苦しみと複雑に絡ませ、僕自身何がどうなっているのかなんて分かりようがなかった。「ぐちゃぐちゃ」ではなく、もはやそれは「もじゃもじゃ」だった。毛糸をたぐり寄せて集め、それを両手で握りしめてこすり毛の球にする。もはやそれは解けるような代物ではなく、ただのもじゃもじゃの毛の固まりだった。その苦しさを相手の責任と勘違いし、相手の振る舞いを、行動を、発言を変えようと躍起になった。自分の苦しさを相手がなんとかしてくれるものと勘違いしてしまった。答えなど出るはずもない迷宮に、僕はゆり子を道連れに深く暗い森の奥へと彷徨い歩いていった。

ゆり子は相変わらず、きらきらと子鹿のようなくりっとした目で僕を見ていた。ゆり子は子鹿のくりっとした「目」だが。僕は子鹿のがくがくの「膝」を持ち合わせた、類い稀な「子鹿」の二人だった。
彼女は僕と一緒にいるのがとても楽しそうだったが、最近の僕は、楽しそうな彼女を見て心をざわつかせていた。常にゆり子への、順風満帆な人生への嫉妬のスイッチをオフにできなかったし、何でも僕に合わせてくれるゆり子を見ていると、自分の気持ちが無いのかとイライラとさえした。
彼女は忙殺されるほどの忙しさにも関わらず、つきあい始めた時から貴重な休みは必ず僕の予定を聞いてから決めてくれていた。僕はいつものように当たり前に、
「この17日の日曜日は、たかちゃんと彼女のりえちゃんが遊びに来るからご飯食べるんだ」
と僕が言うと、
「おっけー、17日の日曜ね。そこちょうど休みだから空けておくわね。たのしみね!」
とゆり子がいつものように明るく弾むような声で言った。
「そうだね」
僕は当たり前かのように平坦に答えた。

約束の日曜日、いつものようにゆり子から手を差し出してきて僕らは手をつないで歩き、たかちゃんを駅まで迎えにいった。いつからか僕らはゆり子から手を差し出して繋ぐ。ということが当たり前になっていた。僕はゆり子と手をつなぐことに興味を失っていたのだ。しかしだからと言って嫌とも言えず、何かに付けてははぐらかしていた。そのことに対して、ゆり子は一度も文句も言わなかったし、僕のほうから手をつないでほしいとも言ったことはなかった。断る理由もない時は、一応楽しそうなふりをして手をつないだ。ゆり子は自分がしたいことはするし、相手が自分の望んだようにしてくれないときにも不満をもつこともなかった。要は「察してほしい」という気持ちを持たない健全な心を持っていた。僕には到底できないことで、「察してほしい」の固まりのような生き方をしていた。そしてそれが正しいと信じて疑わなかったのだ。子供の頃から、母親に対して僕が察することができない度に批判されてきたからかもしれない。そんな察してほしいという価値観を持たないゆり子に、僕は嫉妬の気持ちを持たずにはいられなかった。
そしてこの日、ある重大なことをゆり子に伝えようとしていた。

たかちゃんは僕の2歳年下で、唯一と言っても良いくらいの、二人で約束して遊ぶことができる、ジャイアンだってやきもちを焼くほどの心の友だった。そして僕にインドへの興味を抱かせてくれた張本人でもあった。
僕らは二つの県を挟んで暮らしていた。なのでお互いの予定を合わせたりしていると、年に数度会うのがやっとだった。
たかちゃんはライフワークとして、とても繊細で美しい曲を作り、それを世界へと発信していた。その実力は世界中から声がかかるほどだった。たかちゃんの音楽は、空がどこまでも青く澄んだ夏の日にとてもよく似合っていた。「しゃれオツだけじゃ食べれないよ」がたかちゃんの口癖で、「しゃれオツ」という表現は、たかちゃんが自分の音楽を「おしゃれ」とカテゴライズしていた言葉だった。たかちゃんはいつもその言葉の通り、おしゃれでかっこ良く、Facebookのプロフィール写真はミュージシャンらしくしゃれオツででキメキメだった。そしてとても陽気だった。そんなたかちゃんのセンスが詰まった素晴らしい音楽活動でも、生計が立てられないのが不思議だった。それくらい音楽の世界は大変で厳しいというのが身近に感じられた。一握りの成功者になりたいとたかちゃんは強く思っていたようで、それは見ていればよくわかった。しかし根っからの音楽好きの青年。というのが一番の印象だった。
たかちゃんも人との付き合いにとても悩み、そして僕と同じように親との関係や自分の心に悩み苦しんでいた。そんな部分もお互いが親友と呼べる理由だったのかもしれない。
僕は他人との会話にいつも苦労するくらい人付き合いが辛かったけど、たかちゃんとだったら何年でも大笑いで話し続けられそうだった。いつも僕らは、ファミレスでだらだらとくだらない会話をした。箸が転がっても笑うんじゃないかというくらい「あごが取れる、取れる」と言って、店内で大笑いを堪えるのが大変だった。「ちょっとあご探しに行ってくる」が、たかちゃんがトイレに行くときにいつも言う台詞だった。おしゃれだけではなく、ゆり子と同じように「シャレ」も利いていた。そんな唯一の親友だった。そしてたかちゃんも恋人と付き合う自分の気持ちと格闘していたが、それでも僕からみたらとても楽しそうでうらやましかった。もちろんたかちゃんも、僕とゆり子を見ては楽しそうで羨ましい。と思ったようだ。
ゆり子とつき合いはじめの頃、恋愛にずぶずぶと没頭しすぎて、「たかちゃん、おれゆり子のことが好きすぎて、考えただけで心が震えてしかたないよ」なんて気障なことを言っていた。「お、恋の振るえるマナーモードだね! 恋のマナー最高だね!」と、たかちゃんはいつもノリ良く僕ののろけに返してくれた。その度に心から応援してもらえてる気がして気持ちは満たされた。僕らは終始会話にシャレを利かせて盛り上がっていた。

たかちゃんが来ると言ったとき、ゆり子はとても喜んで楽しみにしてくれていた。ゆり子は僕の数少ない友達をとても好きでいてくれて、僕の友達というだけで彼女には満足だったようだった。彼女はいつか僕にこう言った
「わたしは高山くんと一緒に、高山くんの友達と一緒にいる時間が何よりも好きよ」
とゆり子は僕に言った。
その時僕は喜びながらも少しふて腐れた。ゆり子は僕と二人の時間より、友達と一緒が楽しいのか。そんなくそ重たい思考が頭をめぐる。さすがに僕はそのひねくれた発想が嫌になり、自分で自分の尻を蹴飛ばした。そんな態度をゆり子に気がつかれないように、必死にふて腐れを隠そうとしたが、
「ねえなに、どこがスイッチだった? わたしどのスイッチ押したかな? ねえ?」
とゆり子は僕の気を触らないように柔らかく軽く、そして気持ちの変化を見逃さないように関心を持ってくれていた。しかし僕はといえば、気がついてもらって当然のようなそぶりをしていた。もし気がついてくれなかったら、数日はぶすっと怒っていたかもしれない。どこまでも優しいゆり子に甘え倒し、自分の小さな心の器からは、沢山の幸せが勢い良く漏れ出していた。これは重症だと自覚しながらも、どう止めればいいかなんて何もわからなかった。
「モロ出し! 見えてる! 見えてる! ちょっとモザイク取ってくるー」
不機嫌になりかけている僕に、ゆりこは優しい茶番でニコニコと接してくれた。そのまま笑顔で這って部屋の隅に行こうとしていた。なんだそれ下ネタかよ。などと思わせながらも、ゆり子は優しく僕をからかってくれていた。僕の不健全な醜態を底なし沼に落とさないように、明るく笑いに変えてくれる。僕はすべてを見透かされているようで、和みながらもどこか少し不愉快だったが何も言えず、部屋の隅に行ったゆり子に作り笑いでにじり寄る小芝居を演じ、調子に乗り若者スイッチをオンにしようとした所で、おでこをぴしゃっと叩かれた。ゆり子は何枚も上手だった。
彼女は僕の心のメカニズムを、僕の心のゆがみをきちんと把握していた。その上で丁寧に接してくれていたおかげで、なんとか心もとない僕の自尊心を維持できていたのかもしれない。そうでなければこんな小さな器の男、何をしたかわかったものではなかったし、ここまで僕の気持ちを扱うことなどできなかったはずだ。もちろんゆり子の優しく人を助けたいという深い愛情を持つ「性分」が大きかったはずだが、それだけではなく、僕の心について陰で沢山の「勉強」をしてくれていた。僕の心の中は愛情を受けずに育った未完の感情が渦巻いていて、心が、感情が、上手く作用していなかった、ゆえに頭の中の思考や反応が自分自身を支配する。それはどうしようもないとわかってくれていた。いくら勉強したからとはいえ、どうしてそこまで把握できていたのかは、ずいぶんあとになって彼女の口から聞かされた。彼女の愛情はどこまでも深かったのだ。それなのに僕は自分の小さな器を存分に駆使し、とんでもない間違いを犯して行く。しかしそれは、僕の人生を大きく前に進ませる洗礼でもあった。僕は自分の心のその厳重な蓋を破ろうとしていた。
駅に着いてしばらくすると、連絡のあった到着時間に快速電車がホームに入って来た。改札で待っていると、ホームに上がる階段からたかちゃんと恋人のりえちゃんが笑顔で大きく手を振って現れた。
「うえーい! みなみちゃーん! ゆり子ちゃーん!」
二人はいつもと変わらず陽気で、僕らのいる改札に向かって走り寄ってきた。みんなでさりげないハイタッチを交わすと、僕らは歩き出した。
そう、僕の名前は「みなみ」と言った。ひらがなでみ・な・み。高山みなみが僕の名前だった。

つづく

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