小説「チェリーブロッサム」#2

* 僕                         

 中学生の頃、僕はとても孤独に日々を過ごしていた。友達がいないも同然の僕は、その頃毎日何をして過ごしていたのか、思い起こすとずっと読書をしていたような気がする。生意気にも中学生の頃の僕は、生きてる作家の本なんておかしくて読めないぜ。死んだ者が残した言葉こそが文学だ。などと鼻息を荒く吐き出し、太宰だとか、三島だとか、芥川なんかを読み漁っていた。しかし1人だけ現存作家の本を読んでいた。

 大型古本屋に行けば100円の値札が付いた名作がいくらでも手に入った。いつもは一冊読んだら一冊買うというサイクルだったが、一度だけ奮発をして10冊ほどまとめて買ったことがあった。家に持ち帰るとその中になぜか村上春樹という作家の小説が紛れていて、「?」となった。その小説は本棚の隅で長い時間佇むことになった。読むものもなくなった時にしかたなく読んでみると、その世界観はとても興味深く、一気に僕の心を引き込んだ。読むほどにその世界を近くに感じ、いつしか親しげに「ハルキ」と呼んでいた。少しだけさらにその世界に近づけた気がした。

 だからといって、誰かと文学に付いて話をするなんてことは一切なくて、その小説の世界に自分を置くことによる感覚を楽しんでいた。今になって振り返ってみると、僕はもうその頃から人と関わることを恐れ、孤独を好んでいたのかもしれない。

 ハルキの小説に出てくる青年も、たいていは孤独だった。相部屋の同居人を煙たがったり、離れで一人孤独に暮らしてみたり、「やれやれ」と言っては、バーでプール一杯分のビールを飲んだ。そして体だけの関係のガールフレンドと、港の海が見えるクーラーの効かない部屋で、汗まみれに交わったりしていた。

 中学生の僕には酒だとか交わるだとか、ほとんど意味なんて分からなかったが、その小説の世界の中にいる自分を想像すると光や温度までも感じとれた。その世界から自分が肯定されているかのようだった。元々自分の中に孤独なんかなかったかのように。

 僕は大人になってからもことある毎に、誰かの決め付けや否定に傷付き、しくしくと落ち込んではその世界へとページを開いていた。ある時は、その小説の世界のように、唯一のガールフレンド……、いや僕の世界では、過去に一度飲み会で電話番号を交わした程度の友達ともいえないような女性に、思い切って電話をかけてみたが「なに?」と冷たく煙たがられた。焦った僕は、「あ、やかんが沸いて吹き出しちゃった」と、破いて捨てたくなるような嘘を言って電話を切ると、落ち込んだ。せめて「パスタがのびすぎちゃうから」くらい言えば良かったと少しだけ後悔をした。隣の母の部屋からコードを無理矢理引っぱって、ギリギリベッドの上に置いた黒い電話機の上に、悲しみを纏った受話器を下ろす。

「うまくいかないものさ」

 と、あぐらをかいて腕を組んだまま目をつぶり、俯きかげんにそう言うと、またページを開いた。まだ携帯電話も持っていない頃の話だった。

 僕はあまりにも人との関係に悩み、もう人生いいや、と真剣にあきらめかけた時もあった。しかしハルキの登場人物の孤独は、そのあきらめを埋め合わせてくれるような存在だった。僕の命を助けてもらったと言っても大げさではない。そんな青年期を僕は過ごしていた。

 僕の心は渦巻いていた。20歳も過ぎたというのに、人とうまく接することができなかった。まともな友人すらいない僕は、会社では浮き、知り合いの中でも浮き、親戚ですら僕が浮く対照だった。どんな時も果てしなく浮かび上がっていた。あまりにも浮いてしまう自分を見て、「ここまで浮くんだったらアメリカまでだって帆も張らずに航海できるかもな、ははは」などとごろごろ転がるベッドで乾いた笑いを吐出していた。つまり僕は世間からは「変わり者」と見られていた。

 僕の家の中を見渡しても家族はいつもバラバラで、友人も数える必要がないくらい少なかった。大人になればなるほど人とうまく関われなくなっていく。人に嫌われる恐怖、人に拒否をされる恐怖、人に見捨てられる恐怖、人に価値観を押し付けられる恐怖。そんな恐怖はいくらでも挙げられた。僕は人と関わることがますます怖くなっていく。

 そんな僕は、ある日突然せっかくできた友人との関係を自ら断ち、何も言わずに消え去ったり、家族とも同じ屋根で暮らしながらも、それぞれが関係を断ち、ばらばらになっていった。そして父に至っては、父自ら僕らとの関係を絶ち、「二度と会わない人」となって消えていった。

 僕は寂しくとも、独りで過ごす時間を何より大事にした。けれど、僕は誰かに心から愛されたかった。ただただ愛されたかった。しかしそれは漠然とした想いで僕には理解できていなかったが、僕の胸の奥の中の、さらにまた奥にある、自分では感じ取れないほどの心の奥底には、しっかりと包まれて仕舞い込まれた箱があり、その中にはこんなメモが入っていた。

「誰かに心から愛されたい」と。 

 平凡な僕が社会にデビューを果たしたのは、平凡とはかけ離れた、日本屈指の金属加工会社「日本加工」という会社への就職だった。この業界の中では常に最先端の技術に挑戦を続け、規模も技術も業界トップクラス。別の大手加工会社からも、日々難解な加工が持ち込まれるほどだった。そしてこの会社の大きな特徴の一つは、レーシングシーンにおいて、多大な技術力と資本を投下しているということだった。世界レベルのレーシングパーツの加工を積極的に行っていて、カーボン素材をいち早くレース業界に取り入れたのは、この日本加工社であった。世界中で走る多くのレーシングマシンのボディには、輝かしくも我が社の「日本加工」のロゴが、堂々とデザインされていた。

 僕の実力なんかでは、到底、否、何があろうとも入れないような会社だった。しかし叔父のコネでなんとか放り込んでもらったのだ。僕は小さな部門の下積みから、と言う条件で入社し、給料も安かったが、毎日とても仕事にやりがいを感じていた。能力の差を埋める為には、とにかく沢山のことを覚えることが必要だった。そのため、目の回るような忙しい日々を送っていた。しかし会社に入りたての新米の僕には、ただ目の前の仕事を覚えることだけで目がくらんだ。日々覚えることが山のように積み上がっていったが、与えられた仕事のほとんどが、1人で黙々と取り組むことばかりだった。僕はプライベートでもほぼ他人と関わらず、仕事のこと以外何も考えずに必死に働いていた。そして人と関わらない時間は、僕に充実した毎日を与えてくれた。

 それでも社内では当然様々な人々とのコミュニケーションがあり、嫌だからといって断るわけにはいかなかった。僕にはそれが何よりきつかった。寝ないで働けと言われれば何日でも働く体力はあった。しかし会社の歓送迎会や、その他の人が集まること全てに辟易していた。僕は人の輪の中では必ず傷ついて落ち込み、次第に心は悲鳴を上げていった。しかし僕はその心の悲鳴をすべて蓋をして聞こえないようにしていた。とても厳重に。それが僕にできる自分の心を守る唯一の方法だった。                                   

 会社に入り早くも5年が過ぎた。僕は25歳になっていた。沢山の仕事も覚え、それなりのスキルを身につけてはいたし、コミュニケーションが下手なりにも、職場で仲間もぽつりぽつりとはできていた。一時は、カウンセリングを受けなければならないほど、自分の価値観が分からなくなったりした。けれど良いカウンセラーに出会えて、自分の気持ちに取り組む方向性もわかり、四苦八苦しながらも、それでも先を見ることができるようになってきていた。

 しかし女性に関してはまったく違った。会社でも女性に話しかけるなんてできるわけがなかった。話しかけようなんて考えただけで、必殺技「嫌われたらどうしよう」や「冷たい目をされたらどうしよう」などを存分に炸裂させてしまいそうで、怖くて近づくことさえできなかった。当然彼女なんているわけもなかった。

 そんな僕にも、19歳の時に一度だけ彼女がいたことがあった。もちろん相手は想像上の生き物などではなく、きちんと手をつなぎ、きちんとおしゃべりをしてデートもした実在の女性だ。そして彼女は美しかった。そんな美しい彼女と、僕はもちろんあんなことやこんなことだってした。僕は彼女にのめり込むように好きになり、夢中になった。そして僕は夢中になったままの状態で、ある日簡単に振られてしまった。捨てられた、いや見切られたと言った方がいいような別れ方だった。それは当然あまり思いだしたくないような無惨な代物だった。

 しかし僕は当然別れなど受け入れられるわけもなく、その子がいない現実に長い間苦しんだ。その苦しみに耐えられなくなり、心の中のゴミ袋に彼女への想いを無理矢理押し込んで捨てた。といっても、無理矢理押し込んだのは僕ではなかった。何度も何度もゴミ袋から顔を出す彼女の想いを押し込んでくれたのは「時間」であり、そのゴミ袋を運んで行った収集車は「仕事」だった。僕自身はもがくだけもがいても、なんの役にも立たなかった。僕は時間の素晴らしさを知り、仕事の大切さを知った。僕の気持ちはようやく落ち着きを取り戻し、さらに大切な仕事へと没頭していった。

 僕はずいぶん前から会社にいると「彼女がいない」、ということで、いつも誰かにバカにされてるような気がしていた。喉から手が出るほど彼女が欲しかったのに、声すらかけれない自信の無さが、僕に罪悪感をもたらしていたのかもしれない。彼女がいれば、自分に自信が持てる。本気でそんなことを信じていたのだ。だからなのか、社内でも僕に彼女がいないことをよくからかわれていた。しかし反発を声に出せない気の小さい自分は、頭の中の端っこにいる小さいおっさんに向かって「こりゃっ!」と情けない恫喝を喰らわすことでうっぷんを晴らしていた。その度に小さいおっさんは「きょっ!」と甲高い声を上げながら、前頭葉の向こうに消えて行った。頭の中のおっさんに対してだけはいつだって情けないほど強かった。

 僕の頭の中のターンテーブルに「彼女が欲しい」という名前のレーコドが置かれ、そっとユニットが下ろされた。ダイヤモンドの針先は、幾重もの溝に進路を任せた。

 「チェリー、ブロッ、サアームー、うー♪」というメロディーが、僕の口から流れ出た。

【チェリーブロッサム】意味ー桜の花、春の訪れ、初めての経験、など。 

 僕の桜の花には「春の訪れ」と言う名の「彼女」はまだまだ遠い存在なのだろうか。

つづく

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