垂直のこたつ 山野井泰史さん

ヒマラヤ難峰ギャチュンカンの山影 引用先→http://www.alpine-tour.com/

世界中のクライマーから、いつ死ぬかわからないような無茶な狂った登山の連続に、天国に一番近い男。と言われ続けているクライマー山野井泰史さん。

超速攻型アルパインスタイルと言われる単独無酸素で次々と世界の頂きを落とす姿。こんな陳腐な言葉しかでてこないけれど「カッコ良い!」のひとこと。

その山野井さんのこれまでの登攀記録とも言える名著「垂直の記憶」(ヤマケイ文庫)
山野井さん自身が、いつか登山を辞めたとき自分の登山を振り返りたい。記録したい。というのがこの著書を書くきっかけだったと本文でも触れられている。

淡々と山野井泰史氏本人が自らの登攀を振り返る手記。あまりに淡々と凄まじい状況を描写されており、読めば読む程現実との境目がよくわからなくなり、たびたび脳が揺れはじめる。ぐわわーんと。わわ~っんとね。

私は若い頃していたバイクレース。それを止めてからというもの、穏やかに楽しいイラストの世界に浸るイラストレーターとして生きて来た。けれど、やっぱりあのヒリヒリした緊張感と、競い合いと、己との戦い。そんな命をかけた生活が懐かしくなる。かといってもうあんな世界にはやすやすとは戻れない。がたまに寂しい。。。

話は変わり、わたくしは誰もが認める(人が居るのかはわからない)部屋登山家。なんすかそれ?まぁなんてことはなく、部屋で名だたる登山家達の足跡や手記、映像や写真などを楽しむあれ。あれってなによ!?わたしはこんな危険や苦痛苦労はとても受け入れられない。のでそんな見聞だけでも十分山と一体になれるあの感覚。とても心地いい。家でこたつに攀じ入りちゃんちゃんこでも着ながら見てるだけですからね。そりゃ心地いいわけです。

古い新田次郎の山岳小説や、8000m峰14座制覇の竹内洋岳さんの映像など、はたまた山岳漫画など、楽しめるアイテムはいくつもいくつも。その私に特に欠かせないアイテムが、冒頭紹介させていただいた山野井泰史さんの著書「垂直の記憶」

この著書はご本人自ら執筆。山野井さんご本人の人間性もかいま見れる。文字を運ぶリズムや言葉の置き方。雪山の様子や遭難スレスレだろう心臓の鼓動、吹雪の音まで聞こえそうなこの描写。おもわず極まって「おれは生きている!」とテーブルの上のネコに叫ぶ。ネコ良い迷惑。人爽快。

その著書の中で、特にヒマラヤ難峰ギャチュン・カン登頂に関する手記。なんとか山野井氏本人は登頂を終えたものの、その下山中に起きた壮絶な遭難事故。極限状態により視力が一時的に奪われるトラブルに陥り、さらにクライミングパートナーである妻妙子氏(も世界的なクライマー)の命の確認もできぬまま、絶壁を降りる為に必要な小さなひび割れを、長い時間凍った岩場を素手で探る。どの指が生活で一番使わないか。そう考えてまずは左手の小指で凍った壁を探り、1時間かけてひび割れを一つ掴む。そして小指の感覚がなくなり後戻りできない凍傷を追う。そして今度は右手の小指でまた1時間探る。。。そうしてクライマーの命でもある指を一本ずつ凍傷で失いながら少しずつ岩場を降りていく。命辛辛なんとか二人で無事に下山。掲載されていた入院時の写真ではお互い凍傷で鼻も指もまっくろ。鼻も凍傷になるんだ。と初めて知る。

そしてそんなクライマーの命である指を何本も失いながらの最悪な遭難に対しての氏のコメント「とても良い登山だった」そう言い切った。その恐るべきマインド。とことん自分が好きな事へ取り組めるとそんな心境になれるのだろうか。そんな山野井泰史さんのクライミングへの強烈な思いを過去の登攀記録とともに本人が静かに語るクライミングドキュメント。これは必見!必見過ぎて読んだ本を人にあげてしまう。

普段の生活では味わえない、ギリギリの命のやり取りが淡々とした文章から読み取れる、貴重な記録。読めば読むほど山になんか行きたくなくなった。ベースキャンプ「こたつ」から出られなくなった。みかん追加ね。

本の中で山野井さん親子のエピソードとして、独学でクライミングの知識も乏しい青年期の泰史が山で大けがをした。父親は山を降りろと言う。しかし泰史は「おれにクライマーをやめろというならおれを殺せ!」と叫ぶ。

山野井さんの何かのインタビューで、初めて岩を登ったあの日からずっと発狂状態なのだそう。攀じる事に取り憑かれと言えるかもしれないが、そこまで何かに夢中に人生を捧げられたらそれは幸せという以外ないのではと心の底から思うのです。

やりたくない事を率先して取り組み、やりたいことをやるなんて贅沢だ。そんなマインドがこの日本を覆っている気がしてなりません。本来人間の人生は好きな事をする。ただそれだけだと思うのです。自分自身の心を傷つけない本気な好きな事。そんな欲望にじりじり心動かされる夢中は、人の人生を救い、幸せにもする。私はそう信じ、今日もこたつで名著なページを開く。ああ良い湯ね。

しかし猛者の魂をこれでもかと惹き付ける死と隣り合わせのクライミング。しかしその峰々には彼らクライマーにしか体験できないそんな優しい風がきっと吹いているのだと思う。そんな風を感じながら彼らは8000mにも及ぶ宇宙へと旅立つのではないでしょうか。そればかりは部屋のこたつでは感じることはできない、登った者の特権。と思いふと窓の外を見ると、冬支度の桜の木の枝に一つまた一つと小さな雪が落ち積もり始める様が見て取れる。

ヒマラヤに降る雪も庭に降る雪も物質としては大差はないだろう。そう思うとますますこたつから愛をこめたくなるのです。

宇宙に近い頂上で彼らはどんな風を感じるのだろうか。部屋登山ベースキャンプこたつより。

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