拝啓、イラストレーター辞めました。第一話

大好きな羽田空港の展望デッキからの夜の滑走路。

イラストレーターという仕事を始めて気がつくと14年が経っていたのだ。
とても苦しかった。絵を描くという事は自分にとってとても苦しい事だった。
しかし「好きな事をしてるんだ」という意識が強く心のメガネは汚く灰色に曇っていた。
「おいメガネ曇ってんぞ」
一人で籠る孤独なこの仕事。誰からもそして自分からもそんなつっこみをしてもらえる事はなかった。
自分のイラストに対する本質を見る事なく長い年月が過ぎた。

異変を感じ始めたのは確か3年程前だっただろうか。
何本も抱えていた連載の仕事がまた一つ、また一つと連載を終えていき、当然終わるごとに猛烈な不安に押しつぶされていった。
「ちょ、ちょっその連載、まてぃようっ、むわってぃよう〜」
などと安いドラマのような台詞を吐いた。そら吐くよ。こわいし。
何タクだとか、何ヤマ何ハルでもなく、齢しじゅうのおっさんがリアルに吐いたその言葉。
がつんこで終わらないでほしかった。だって、か、金だよ、金田よ~~。金田さんよう。

決して「やっとモーターのコイルが暖まって来たぜ」
などと未来のバイク野郎のたわごとなどどうでもいいし、
ましてや「俺は400勝しているが、300敗してるんだぞ」
なんていう伝説の野球選手の豪傑などしったことではなかった。

ただしっぽり生きてるだけの末端市民。金の亡者の下っ端のような中途半端なお金への執着。粘着。苦しいよね。そんな執着してるとさ。お金くんの気まぐれにまともに付き合うと人生つまらない。なんてこの時の私にはそんな発想はなかった。

「金が全てだ」く〜。
をスローガンに全社(あ、ひとりね)一丸で取り組んでいたのだ。この世知辛い世の中を渡る為に。
そりゃだってお金ないと生きていけないよね?やつぅいん(家賃)払うよね?おきょめ(お米)買うよね?どぅぇんきだい(電気代)払うよね?ね?ねえ…?
いつの間にかかくかくしかじかな展開で、イラストレーターという名誉な仕事につけたものの(かなり頑張った。本当にかなりがんばって就いた職業なのだ)しかし、気がつけばお金の心配しかしていなかった。

そして連載のお仕事というものは、計り知れない安定をもたらしてくれた。
ローテーションを計算できる腕のいい先発ピッチャーのような大車輪の活躍をしてくれるのよ、連載くんは。
だって毎月お給料がもらえるようなものよ、サラリーマン金太郎のごとくさ。
雇われているわけでもないのに毎月支払を受けられる。なんだこの安定は。でびっくり。
そんな安心なぬるま湯は大好物。いつまでも浸かっていたい良いお湯に。
しかし同時に毎月同じ間隔で同じリズムで確実に締め切りが来る、その恐怖も相当なものだった。(描くの嫌いなの?)その時はそこを疑うなどできなかった。発想もなかった。
豊富なレギュラー仕事(自分としては)に支えられて続けて来れたこの仕事も、同時にその安定であるはずのレギュラー仕事に気持ちを押しつぶされた。

「きっと自信がないのね」と右手が言った。
「そりゃそうさ、だって丸描いてちょん。しか描けなかったんだから」と左手が言った。
私はしょぼんとしながら両手に会話をさせて気をまぎらわせていた。道路の片隅に座り。

すると「ねえ、あなた大丈夫?」通りがかりの上半身がいやに太ったおばさん中年が私に声をかけた。
おばさんは、両手で会話をしているアホなおじさんがいる。そう思ったのか、いやそうなのだが、通りがかりのおばさんは僕にそう言ってぐしゃぐしゃに潰れたルマンドを一つくれ、白目でぺこと挨拶をし雑踏の中へ歩き出そうとした。
僕は腹の底からわき上がる直感にしたがい、慌てて過ぎ去るおばさんに向かい大きく腕を振りかぶり、もらったばかりのぐしゃぐしゃのルマンドを指の先に感触感じながら力に任せて投げつけた。
投げつけたルマンドはおばさんの肩に不自然な形で乗っかった。さらにルマンドの中身は潰れた。
肩にルマンドを乗せながら「かわいいぼうやね」とおばさんは僕に言った。生暖かい眼差しと同時に侮蔑な眼差しを放ち、にこやかに人ごみの中に消えていった。つづく

つまり(何が?)レギュラー仕事とは(何がつまりなの?)安定と不安定とが背中合わせに混在するそれはそれは複雑な相対性理論だと言いたかったのだ。(余計わからないよ)
つまり右手にも左手にも、ましてやルマンドぐしゃおばさんにも罪はない。(もういい)

ルマンドの美味しさは皆さん周知の通りだと思います。(まだルマンド?)
あれを食べた事ない人なんて昭和ミドルレンジで居ないはずはない。(話それすぎ)
どこの家庭の茶箪笥の戸棚にも必ず繊細でミルフィーユなルマンドが(無視?)あったはず。姉妹商品のバームロールやチョコリエール、はたまたルーベラ、ホワイトロリータなんかはもう知らないとは言わせないわ。
どうでもいい。

レギューラー仕事が一つ終わる、そしてまた一つ終わる。少しずつ数を減らしていったある日、ふと受注リストを見直した。
そこには沢山の仕事が並んでいたものの、どれも連載の仕事ばかり。曇りだらけのメガネでその表を10度見した。愕然とした。もう気がつけば数ヶ月もの間、新規の仕事の依頼は来ていなかった。
僕は冷や汗を隠しながら思わず見ない振りをして遠くの山を見据えた。
「見えない見えない、見えないから~~」
何度も言った。

「あなとぅあのことが〜、すぅっきどぅあかるぁ〜」
と一生懸命へたな日本語で出演してくれた韓国スターのあの台詞のように。
抑揚もなく覇気もなく、ただ現実にフォーカスできないこのでっかいおっさんの小さい器の胸の内はそう唱えた。

しかし見ないわけにはいかなかった。「だってこれ連載なかったら数ヶ月暇人だったってことじゃない」。忙しい事を良い事に、イスにふんぞり返り続けた数年間。悠長に暮らして来た見ない振り症候群のこじらせ中年親父には、生死に関わる現実など見れるわけもなく、そんな現実は都合良く華麗にスルーをした。
がしかし、思わず何かがぶつかり転び、そして猛烈に立ち上がる。思わず両手を揃えて前に出し両手の平をこう伸ばした先に向けるようにそして顔はこれ以上ないくらいのドヤ顔で「ファール??」と華麗なスルーパスが代名詞の元サッカー全日本代表の中田のようなジェスチャーをした。。。比喩なげーし、句読点打って。息できない。

そんな不安定な受注リストを見ても尚、何もしなかった。なーんにも。現実を見ないというアホ極まりない失態は当然だが、もうすでにこの時イラストへの情熱は冷めていたのかもしれない。冷めたというより、すでにいかにこの仕事が自分のキャパを超えた職業かというのを嫌という程実感していたのだと思う。いつ何時も新しい案件で開く真っ白なファイルデータに恐れおののき、転び(あほっ!)、悩み(腕立て100回っ!)、飲み(余計!)、寝る(帰れ)。そして得意の超特急「現実逃避」号へ乗り込んだ。
「はっしゅゃぁ、お~うらぅあ~い」くねくね。とね。
あまりのキャパオーバーに、オカマバーでもオープンできそうな切れの良いくねくねなんかを披露したところで。ナニモオキナカッタ(パルプンテ)1/3の純情な感情。

羽田空港第2ターミナル屋内天井にある、大好きな千住博さんの満天の天井画。

そして秋も深まりつつ小鳥のさえずりにも負けないような小刻みで切れのある貧乏揺すり。これでもかとイスを揺らしたある晴れのような曇りの日。全ての連載が終わった。とうとう。。。まじか。おーるなっすぅいんぐ!
そう何もない。全ての予定は真っ白。純白なウエディングドレスにでも使えそうなそれはそれはたいそうな白い受注票。
まぶしくて直視もできない。
そして将来はマリアナ海溝の海の底のように真っ暗だった。。。お、なんとか比喩着地したね。
それからしばらくのらりくらりと低空飛行を続け、やはり苦しみながらも(気づいて!)頂ける仕事に取り組んだ。

僕がイラストレーターを目指したばかりの頃に取り組んでいた絵はミーハーそのものだった。あれが流行ってるこれが流行ってる。そんな感覚で軽く取り組んでいた。そんな薄っぺらい描き手に仕事など来るはずもなかった。

しかし、あるきっかけがあり僕の描くイラストは一遍した。
世界的なアーティストの村上隆さんから直接話をして頂ける機会があった。
僕は勇気をふりしぼり話しかけた。こちらを見た瞬間の村上さんの眼光は今でも忘れない。
「こえ〜」って震えたのを思いだす。そして村上さん、
「いいか、絵という物は自分の生きて来た喜び辛さ楽しさ悲しさ、そんな心の内を表現するのだ」
その言葉を言って頂いた瞬間びびびびーのびびびびーってきたね。
村上さんは、わかったかこのやろうっ。と言いたげな目で伝えてくれた。しかし怖かった。ほんとに怖かった。
村上さんはほんとうに怖い人なのだ。
こわいよ〜。
しかし反面、とても人なつこい人でもあり、会場ですれ違うと気さくに「なに、でてんの〜」と声をかけてくれた。
僕はぜったいにこの人、このリアクション。自分の事覚えてないよな〜、誰かと間違えてるよな〜と思い込み、
「はぁ〜」
と気の抜けた返事をするしかなかったのは忘れられない思いで。良い意味でね。

村上さんのGEISAIというイベントに僕は何度も出展させて頂いた。
村上さんから言って頂いたその言葉によって、がらっと僕のイラストへの取り組み方は変わった。
流行や廃りしか見ないミーハーばかおやじは、僕が描く全ての絵への制作のアンテナを自分の「心」にシフトした。僕のイラストレーターとしての居場所の空気が一変した瞬間。

僕が真っ先に取り組んだ事は、子供の頃を思いだす事。
子供の頃に何を思って何を感じたか。それを思い出してみた時、今どんな気持ちか。
子供の頃から住むこの街で、どんな風景が頭に浮かぶか。
どんなシーンが涙腺を刺激するか。
私は五感全てに昔を思いださせた。

とにかく自分の記憶と心に聞き、感じ、絵に取り組んだ。
それで出来上がったシリーズを持って沢山のイベントに出展した。
すると俄然と見てくれる人の反応が変わった。
ポストカードは飛ぶように売れ、原画は中々売れないまでも、ポスター仕立てのパネルなど沢山が売れた。
そして興味を持ってくれる人の中にイラストレーターを探すデザイナー達が僕に沢山の声をかけてくれた。

そのGEISAIがきっかけでNHKのとある部門の方が声をかけてくれた。
初仕事だ。
その内容はDVDのジャケットシリーズ然15巻のイラストとデザインの仕事。で、でざいん?!
ギャラは90万円だった。今でこそ明かしてしまうが。
僕は大きく振りかぶって頭を壁に叩き付けた。そうでもしないとこのCPU(脳みそ)は、自分の生き方を変えるくらいの大きなこの現実を到底認識できそうにはなかった。「豆腐の角」程度では無理だ。僕はそう思った。
全ての豆腐の角を逆に自分がつぶしてしまう。本気でそう思った。ん、は?いやいやそれ正しいよ、ぶつけたら普通つぶれるから。豆腐が。僕はおいおいおいおいと手を差し出しながら追いかけた。誰を?
もうこれしかないんだ。と、あり得ない現実にただただ何度も頭を大きく振りかぶるのだった。
初めての仕事でこんなにも大金を頂けるなど夢にも思っていなかった。
ただただ必死に夢中で取り組んだ先に起こった出来事だった。

嬉しい。ただただ嬉しい。僕は手をいっぱいに広げ踊るように、デスクチェアをくるくる回した。
「ぶ〜ん」だって。
ずっと「ぶ〜ん」と言い続けた。
台所に居た母はひたすらに訝しがった。
そして特にこの光栄な初仕事に対してリアクションはなかった。

こうして僕のその重要な風景シリーズは世に出て行く事になっていく。
それでも当初はそれほどシンプルな絵柄は求められず、細かい描写が多かった。
その後広告や雑誌、誌面表紙などで真骨頂の風景シリーズが炸裂する。

仕事を続けていくうちに、どうしても罪悪感。というか自分に自信が持てなかった。
僕の心の底には「絵が下手だ」という刷り込みが幾重にも敷き詰められていた。
その現実に打ち勝つ事ができず、次第にシンプルさは絵から消えていった。
クライアントの意向が全てだ。と思い過ぎたのだ。
シンプルに描いた物は手抜きと思われる、細かく沢山描き込まないと。描き込んだものほど喜ばれるんだ。
必死で写真をかき集め、トレースにばかり頼るようになり、そして描写する程下手さが露呈し、絵は日に日に自分の意志から離れていった。

そしてある日風景が描けなくなった。
描けなくなったというより、絵を描く事がどんどん怖くなっていっていたような気がする。
まず依頼が来る事に対してまったく情熱的に取り組めなくなった。絵を描く事が急激に苦痛になっていった。
最初から絵を描く事による苦痛は、辛くても前を向いた物ではなく後ろを向いていたような気がしてならない。きっとそうなんだろう。。。

そして風景を描けなくなった後(なわけでもなかったのだが)あるプレゼンに勝つ。
僕は電通まで出向き、プロジェクトのメンバーに挨拶をした。
大御所イラストレーターも参加したそのプレゼンで僕が選ばれたのだ。
僕は根っからの何でも依頼は受ける。その気持ちがとても強かった。それはこの職業への忠誠ではなくお金の為だった。
幼少期から貧乏極まりなかった家庭で育った僕にお金の呪縛から離れて働くなど到底無理だった。
僕はその大きな案件に夢中で取り組んだ。
それは僕が思っても見なかったような、賑やかな街を表現するという東芝の商品キャンペーンの特別サイトのビジュアルだった。
その企画では、歌手の木村カエラが実写でイラストの中に登場し、アニメも絡んだ大掛かりな物だった。

僕にこの話のある前から企画自体紆余曲折があり、頓挫、制作、頓挫を繰り返し、結局制作するという事になったのだと聞かされた。そしてそれはそれはとてつもなく時間がない案件だった。
わずか10日程でほぼほぼな完成を目指さないといけなかった。夢中で取り組んだ。

何日も連続でモーニングコーヒーを飲む事となった。
実際はコーヒーなんか飲んでる暇もないし、コーヒーはあまり好きではない。
そしてなんとかなんとか完成した。眠気も吹き飛んだ。

製作中は深夜朝方までCCメールが飛び交い、製作陣みんながイライラしていた。
僕はそれに反応しないのが精一杯だった。
イライラにイライラの返信はもう地獄でしょ。
そしてその後、僕のイラスト制作のラインナップにこの「賑やかな街」が加わった。

恐ろしいスケジュールに追われたとはいえ、この街のイラストは楽しかった。
心象風景的な要素は皆無だが、パズルを作るようにあっちに家、こっちにビル、そこに公園。とまるで市長さんにでもなったような気がして楽しかったのだ。風景のように心が満たされる事はなかったが手の楽しさは満たされた。

第二話へつづく。。。

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